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アメリカ軍基地

2009年11月22日 (日)

ユーゴスラビア分裂-ベルリンの壁崩壊祝賀にバルカンの陰

Pyotr Iskenderov

2009年11月14日

Strategic Culture Foundation

ベルリンの壁崩壊20周年式典は終わった。外国からの何十人もの高官たちが、その多くは当時起きていた歴史的進展には全く無関係なのに、ドイツ統一の非常に大きな重要性と、冷戦の歴史に最後の仕上げをした出来事の象徴的な重要性を語っていた。ところが、ヨーロッパの中には、ベルリンの壁の崩壊が、必ずしも完全に前向きな変化として見なされてはいない部分があるというのが真実だ。無血の冷戦完了とされるものの直後から、ヨーロッパは、本物の武力紛争のまん延に直面せざるをえなかったのだ。

1989年のドイツ統一は、大陸中で全体主義政権が崩壊する時代の幕開けであり、究極的に、統合ヨーロッパの創造を可能にしたというのが、広く行き渡った考え方だ。バルカンの住民たちと、無数の私的な会話を重ねた結果、私は違った結論に至った。ベルリンの壁崩壊の僅か一年後に始まった、ユーゴスラヴィアの分裂という、何千人もの命を失わせたプロセスでは、特に統一した極めて強力なドイツが、その原動力の一つだった。スロヴェニアとクロアチアの急な独立宣言も、後者の国では、明らかにセルビア人とクロアチア人住民が共存する実現可能なモデルが欠如していた事実にもかかわらず、国際社会によって急に承認されたことも、背後にはドイツがいた。更に、1992年の春、ボスニアとヘルツェゴビナで勃発した民族紛争の起源も、外部勢力の活動をも考慮に入れて初めて、把握が可能になるのだ。

第二次世界大戦後に押しつけられた、トラウマになるような分離の後、再建したばかりの国ドイツが、なぜバルカンの地政学的オーバーホールに、積極的な役割を果たしたのだろう? ナポレオンは、あらゆる国家の政治は、その地理に由来するとよく語ったものだ。この概念は、1980年代末から1990年代始めの、ヨーロッパ全体、そして特にバルカンの状況に、ぴったりあてはまる。

東欧ブロックの崩壊と二つのドイツの統一後、ベルリンは自分がヨーロッパで最強の立場にあることに気づき、それ巡ってドイツが伝統的にフランスと競ってきた、ヨーロッパにおける指導者の地位を積極的に求めたということを、認識すべきなのだ。ソ連軍の撤退後も、ドイツは、国際的義務の枠組みとして、アメリカ軍基地を抱え続け、それが、ドイツの野望にとって主な障害となっていた。主要国家としての立場が保障される上、基地の存在が、ソ連時代の国際条約でなく、NATOの負託に基づくことが可能なバルカンに、基地を移動することで、問題を解決したいとドイツが望んでいた兆候がいくつかあった。ドイツが、その計画を実現するのに必要としていたものは、バルカンに拡張する為の本格的な口実だったが、ユーゴスラヴィアの分裂や、旧領土中に広がった幾つかの長引く民族紛争出現を含むプロセスが、都合のよい口実となった。シナリオの実施は、歴史的理由から、ドイツの影響力が深く根ざしているスロヴェニアとクロアチアで始まった。既に1980年代、スロヴェニア、特にクロアチアで、彼等が支援していた様々な亡命民族主義者や過激派集団が、次第に政権内で地歩を固めており、ドイツ諜報機関は強い立場にあった。1989-1990年には、ドイツ人顧問たちやNGO使節たちがクロアチアに大挙して押し寄せた。この共和国が結局、旧ユーゴスラヴィアにおける最初の武力衝突の現場となったのは、同様に活発だったアメリカの担当者たちすらもが恐れた、彼等の活動が原因なのだ。

1990年5月、クロアチアの初代大統領フラニョ・トゥジマンが、(大半がドイツ人顧問たちの監督の下でまとめられた)新憲法を、独立支持派が支配する議会を通して提出した。この憲法は、クロアチアは、以前策定されていたような、クロアチア人とセルビア人と、そこに暮らす他の人々の国家ではなく、クロアチア人と、そこに暮らす他の人々の国民国家であるとうたっていた。法律的な巧妙さが、かつては国家を形成していた民族であるセルビア人を、自動的に少数派にしてしまった。格下げに不満を持ったセルビア人は、1990年8月に自分たちの国民投票を始めたが、その間、彼らの対応は、クロアチア内での主権と自治の権利を主張することに限定されていた。離脱は予定にはなかったが、クロアチア政府は、それにもかかわらず、国民投票が行われるのを防ぐために武力を用い、これが共和国における武力紛争の発現の瞬間となった。

クロアチアのセルビア人は、その出来事の後でさえ、政治的解決を申し出ていた。1990年9月30日、Serbian National Councilは、ユーゴスラヴィアの一員として、クロアチア内に暮らして来た民族的、歴史的領土におけるセルビア人の自治を主張したが、ドイツ人顧問たちと合意したザグレブの進路は変わらなかった。新クロアチア憲法は、12月22日に発効し、そして、まさに翌日、隣国スロヴェニアは、国民投票を呼びかけたが、投票の94%がユーゴスラヴィアからの独立に賛成だった。興味深いことに、トゥジマンの憲法成立に先立つ数週間にわたり、ワシントンは、クロアチア指導部に、自制心を働かせて、武装紛争エスカレーションをしがちな措置を避けるよう呼びかけ続けていた。それでもベルリンの影響力が勝り、ドイツ人顧問たちは、クロアチアの子分たちを、断固として行動するよう説き伏せるのに成功した。1991年5月19日、クロアチア政権は、国民投票を行ったが、投票ブースに向かった人々の94%以上が、即時分離を選んでいた。クロアチアのセルビア人は参加せず、ドイツはバチカンの助力を得て、速やかにこの二つの独立国家に対するヨーロッパの承認を確保した。間もなくサラエボもこれに続き、大規模戦闘がバルカン諸国中を吹き荒れ、NATOは介入のための期待していた口実を得、ドイツは新ヨーロッパの地政学的構造における主要勢力として浮上した。

ドイツ統一は称賛しつつも、ベルリンの壁の崩壊が、他の国々やその国民たちに、どのように暗い影を落としたかを、我々は忘れてはならない。

記事原文のurl:http://en.fondsk.ru/article.php?id=2584

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新刊『社会主義と個人』-ユーゴとポーランドから 笠原清志著 集英社新書の88ページに、この記事と重なる記述があった。一部を引用させていただく。

小見出しは「ドイツ外交のいさみ足」

一九八〇年代末、社会主義体制が崩壊し、ユーゴスラヴィアでもその精神的空白を埋めるべく民族主義が台頭してきた。ミロシェビッチはセルビア民族主義を煽り、それを通じて権力を掌握したことは事実である。しかし、一九九〇年代に本格的内戦に発展したきっかけの一つは、日本ではあまり論議されていないが、オーストリアとドイツが時期尚早に、スロヴェニアとクロアチアの国家独立を一方的に承認したことである。東西ドイツの統一とそれに伴うドイツ外交の〝勇み足″とも言えるが、この〝なぜこの時期に、このような形で″という疑問は、私には今でも解けていない。

2009年11月18日 (水)

オバマ対鳩山: 不平等で、違憲で、違法で、植民地的で、虚偽的な米日協定の素性

Gavan McCormack

2009年11月14日

The Asia Pacific Journal: Japan Focus

8月末の選挙で、日本に、鳩山由紀夫が率いる新政府が生まれた。彼と日本民主党(民主党)を選ぶにあたって、日本の国民は、一年もしない過去のアメリカ人たちの様に、アジアとアメリカ両方との新しい関係、特に後者とは、ずっと平等なチェンジを求めて、選んでいたのだ。ところが、注目すべきは、オバマ政権側で行われたのは、そうしたいかなる変化も阻止しようと、プレッシャーを容赦なくかけるキャンペーンだったことだ。

オバマ政権は、特に、従属ではなく、平等にするため、アメリカ合州国との関係を再交渉したいという鳩山の願望を標的にしてきた。服従が保証されており、毎年のアメリカ政策の処方箋(“改革要望書”) が、絶対的権威のある言葉として東京で受け入れられていた“小泉上級曹長”(ジョージ・W・ブッシュは、日本の首相をこう呼んでいたと言われている)の絶頂期に帰れ、と言っているかのように見える。独立した政策などという、馬鹿げた野望など忘れろ、と。

核心問題は、アメリカ軍の沖縄駐留の決着であり、鳩山首相はグアム協定として知られている協定を履行しろというアメリカの固執だ。

グアム協定

“グアム国際協定”というのは、2月に、ヒラリー・クリントン国務長官と日本の中曽根博文外務大臣が署名し、オバマ政権初期の2009年5月、特別法の下で、協定として採択された米日協定だ。日本における麻生政府への支持は急落しており、後継のオバマ政権は、アメリカの計画を、後に続くあらゆる日本政府をしっかりと拘束できるような形の公式合意とすべく、素早く動いた。

8,000人の海兵隊とその家族9,000人は、沖縄から、グアムへと、再配置され、普天間のアメリカ海兵隊基地は沖縄北部、名護市の辺野古に移転され、新基地が日本によって建設されるべきこととなっている。日本政府は、更にグアムへの移転費用として60.9億ドル(そのうち28億ドルは現金で、現行予算年度内に)支払うのだ。[1] 沖縄での効果は、アメリカ軍は人口稠密な南部にある大規模基地のいくつかを明け渡すが、それを沖縄島北部に集中させ、拡張するということだ。

これらの事柄(詳細な財政関係条項を除いて)は全て、2005年10月、約4年前、小泉の下で結ばれた先の「日米同盟: 未来のための変革と再編」協定によって解決済みで、2006年5月「再編実施のための日米のロードマップ」によって再確認されている。 [2] 今や、遵守を強いるため、新協定第3項は、例え両者が、揺るぎない沖縄県民の反対に直面して、それが可能だという希望を事実上あきらめても、「日本国政府は、アメリカ合衆国政府との緊密な協力により、ロードマップに記載された普天間飛行場の代替施設を完成する意図を有する。[すなわち2014年迄に]」のだとうたっている。 [3]

協定は、アメリカ政権による評判の“改革”の最初の行動の一つであり、半世紀にわたる自民党支配の後、致命的な衰退状態にある日本の政権による、最後の行動の一つだった。この協定は、世界第1位と2位の経済大国間関係の中で、異常に際立って見える。この協定は、以下で検討するように、不平等で、違憲で、違法で、植民地的で、虚偽的なものゆえに、周到に調べる価値がある。

不平等

第一に、用語の典型的な意味からして、“不平等条約”だ。日本政府は、これを拘束力のある協定として解釈しているが、アメリカにとっては、議会の承認がない、単なる“行政協定”だ。[4] 協定で、日本は、沖縄にアメリカ用の一つの新基地総合施設を建設し、費用を支払い、グアムにもう一つの基地を建設する為に、かなり莫大な金額を負担する義務を負うが、アメリカ側は、撤退する兵士の人数(曖昧さについては下記参照)について、漠然とした約束をしているに過ぎない。日本を拘束しながらも、アメリカを拘束してはいないのだ(アメリカは、第8条の下で、随意に変更する権利を保有してさえいる)。[5] 更に、グアム協定は、アメリカ法に違反している可能性もある: 歳入を増大させる手段として(60億ドルの金額が、日本によって支払われると規定している)、議会による承認が必要なのだが、大統領の執行権限だけによるものにすぎない。一方の側だけを拘束する協定は、その定義からして、不平等条約だ。

違憲

二番目に、協定は違憲だ。憲法第95条の下、「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。」グアム協定は、明らかに、沖縄という単一の県にのみ適用される特別法であるにもかかわらず、沖縄県民と相談するという試みが全くなされていないのみならず、衆議院は非道にも沖縄県民の周知の願いを踏みにじったのだ。

更に、協定を衆議院で押し通すために、麻生政府は、半世紀以上も使われていなかった、衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる、という特別な憲法(59条の)手順の効力を利用した。麻生が、2009年5月13日に、衆議院で法案を通したのは、参議院を二の次にし、実質的に無効にしており、ある種憲法上のクーデターだった。[6] テロ特別措置法案を含む10の主要法案も、ワシントンにとって重要なあらゆる法律も含めて、麻生在任9カ月間で大半の立法実績は、ワシントンにとっては喜ばしかろうが、全く同じ理由から、憲法上の正当性は疑わしい。

違法

三番目に、グアム協定は日本の法律に違反している。協定は、国内法に優先するため、日本の環境保護法規の要求を格下げし、事実上、無効にする効果も持っている。本格的で、国際的に信ぴょう性のある環境影響評価(EIA)であれば、大規模軍事建設プロジェクトは、大浦湾地域の繊細な珊瑚と森林環境とは両立しないと結論を必ず出すだろう。ところが、日本のEIAは、単なる形式的手続きであるのが当然のこととされており、協定は、手順を更に弱体化させた。

更に、衆議院とオバマ政権は、ペンタゴンを含む被告に対する訴訟を裁判官が審問している、サンフランシスコ連邦裁判所から発せられるであろう、あらゆる命令に、先手を打っている。裁判官は、既に、辺野古建設プロジェクトに関して、文化財保護法によって必要とされている保全対策を採るよう、ペンタゴンに命じており、日本政府にも同じことを要求している。[7]

沖縄大学学長で、環境アセスメント法専門家の桜井国俊は、2005年以来、日本政府が、普天間飛行場代替施設を実現しようとしてきたやり方は、環境アセスメント法規に違反していると主張している。従って、プロセスは再開されるべきなのだ。本格的で、国際的に信ぴょう性のあるEIA名あれば、普天間飛行場代替施設を、辺野古に建設することはできないと判断をするはずだと、彼は結論づけている。[8] もしも桜井学長が正しければ、日本政府のEIAには、致命的に欠陥があり、国際的に信ぴょう性のある、独立の科学調査が実行されるべきなのだ。

植民地的

四番目に、協定は植民地的だ。アメリカは、2005-6年の協定後に、進捗がないことに、益々いらだって、日本が何をすべきかを、有無を言わせずに規定した。2007年11月、ロバート・ゲーツ国防長官は、日本に、インド洋での海軍基地を再開し(当時、論争のまとであった)、アメリカ基地を受け入れるための支払いを維持し、増加し、国防予算を増大し、必要性が生じ次第、自衛隊を海外派兵することを許可する恒久法を通せと指示した。これは、本質的に、その年早々に刊行された、2020年までの米日同盟に関するアーミテージ-ナイ報告の立場だ。[9] アーミテージ、ゲーツや他のアメリカ人高官たちは通常、何事も日本の主権政府次第だ、という敬けんな心持ちを付け加える。とは言え、「日本は所定の課題をこなさない限り、安全保障理事会の常任理事国への立候補に対し、アメリカの支持を期待することはできない」と、ゲーツ国防長官が露骨に語った時のように、時として彼等は、不服従の結果を、日本に対して詳細に説明することがある。[10]

国防副次官として、ロードマップへと至った交渉を率いた、リチャード・ローレスは、2008年5月、朝日新聞に、同盟が漂流していると語った。

    「我々に本当に必要なのは、全ての協定を時間通りに行うよう最貢献しよう。予算をつけることが、国家の最優先事項であることをはっきりさせよう、と言えるトップ・ダウンのリーダーシップだ。… 日本は、この同盟の意思決定、配備、統合と、それを運用可能にするテンポを変える方法を見いださなければならない[原文のまま]。」 [11]

彼は“自己疎外”と、「日本の撤退症候群が、同盟がサブプライムの方向に向かって格下げされるのを許している。」と、日本を酷評した。[12] この圧力の下、2008年中と、2009年の初期、麻生首相は、身を入れて、権力にしがみついていたように見える。同盟を“運用可能にするために”ワシントンが要求していた“トップダウン”措置を採用して、ワシントンに最後のご奉公をしようというのが、少なくとも理由の一つではあったろう。まさに麻生首相への支持が、事実上回復の見込み皆無のまま、20パーセント以下に低下してしまったので、自由民主党(自民党)が、小泉が獲得した衆議院での多数派を享受している間に、これを実行する必要があったのだ。

その植民地主義的な性格に沿って、疑いもなく、日本の政治過程への介入する特権があると当然のように思い込んだオバマ政権は、当時野党だった日本民主党(民主党)に向かって、船首前方への威嚇射撃をしていた。グアム協定を、日本に押しつけるべく、政権初期に、ヒラリー・クリントンを、押しつけ役として、東京に派遣したオバマ政権は、ブッシュ外交の決定的な特徴を継続していた。家父長的、干渉主義、反民主主義的、地域的、あるいは国連中心の外交政策のような、独立しようとする日本のいかなる模索に対する不寛容だ。クリントン国務長官は協定への満足を語った。「信頼のおける国家は、結ばれた協定を守るものだと考えているが、私が今日、中曽根外務大臣と署名した協定は、誰が権力を握っているかとは無関係に、我々二国間のものだ。」 [13] 彼女が言いたかったことはこうだ。民主党の皆さん方は、物事の重要性を理解すべきなのだ。

植民地政策の特徴上“原住民”は、導くべき対象であって、相談すべき相手ではない為、グアム協定に至った検討において、沖縄県民の事を考えるのは常に不適切なのだった。

虚偽的

五番目に、協定は、日本で“ゴマカシ”として知られているもの、つまり道義や相互性という美辞麗句をまとった策略と欺瞞を、特徴としているのだ。他国の軍事基地を建設するのに、主権国家が金を払った前例など皆無だ。そこで、日本政府は論議を最小化し、嘘に依存するしかなかったのだ。

「第二次世界大戦後のアメリカ軍の沖縄駐留負担を軽減する」事を狙った“撤退”で、アメリカが日本に譲歩したと報じられてはいるが[14] 実際は、全く別物だ。アメリカ領土のグアムにおけるアメリカ軍施設建設の為に、法外な金額を支払わせ、不便で、危険で、陳腐化した普天間施設の代わりに、辺野古に新規の、ハイテクの、大幅に拡張した基地を作らせて、同盟に対する日本の負担を増やすことを狙ったものなのだ。

協定は、ごまかしに満ちている。協定は「8,000人の海兵隊員を、沖縄からグアムに」撤退させると規定しており、日本政府は、これは沖縄の基地負担を軽減する鍵だと主張しているが、2009年初め衆議院での質問で、実際に沖縄に駐留している海兵隊員は、わずか12,461人であることが明らかになり、日本政府が、10,000人は、抑止力として必要なのだと主張している為、撤退するのは実際には3,000人以下ということになる。[15] サンフランシスコの裁判所での、絶滅危惧種のジュゴンを代表した訴訟審問の中で、初めて、いわゆる“普天間飛行場代替施設”には、長さ214メートルの埠頭もあることが暴露された。日本政府は、普天間施設は、原子力潜水艦が停泊できる、深い大浦湾の港も追加して、拡張予定であることに触れようとは思い至らなかった。

麻生政府最後の行動の一つが、アメリカが、いかなる詳細費用見積もりもまだ提出せず、まして、資金予算を充当もしない前の、2010年財政年度のグアム建設費用資金貢献として、340億円、3億6300万ドルの引き渡しだった。数ヶ月後、アメリカ議会は、同年ペンタゴンが要求した歳出予算を、3億ドルから、8900万ドルへと、70パーセントも削減した。日本負担のおよそ四分の一だ。[16] アメリカの財政困難が余りに悲惨なため、議会がこれ以上を承認するかどうかは、確実と言うには程遠い。グアム協定で、アメリカ側は金を決められた通りに使うという約束にはなっているものの、日本には支出を監督する権利はない。ペンタゴンがその資金を手に入れてしまった後は、基地の作業が進もうが、進むまいが、日本が、その金を返金して貰える可能性は極めて低かろう。しかも、グアム海兵隊用の住宅は一軒7000万円(一軒75万ドルもあれば、きわめて豪勢な邸宅を建てるのに十分だ。言い方を変えれば、これはグアムでの住宅建築相場の約14倍だ。

衆議院議員の一人はこう抗議している。万一、実際にアメリカ議会が、グアム計画に資金を付けないと決定した場合、一体どうなるのか? 日本は、その金を返してもらえるのだろうか? [17]

[1] “Agreement between the Government of Japan and the Government of the United States of America concerning the Implementation of the Relocation of III Marine Expeditionary Force Personnel and their Dependents from Okinawa to Guam,” 2009年2月17日 東京、英文Link、日本語訳は「第三海兵機動展開部隊の要員及びその家族の沖縄からグアムへの移転の実施に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定」について(略称:在沖縄海兵隊のグアム移転に係る協定)、日本語訳リンク

[2] 詳細は著書を参照。属国: 米国の抱擁とアジアでの孤立、新田準訳、凱風社刊、2008、原書はClient State: Japan in the American Embrace, London and New York, Verso, 2007.

[3] アメリカ太平洋軍司令部司令官ティモシー・キーティング海軍大将は、2008年11月のニューヨークでの記者会見で、ロードマップの2014という目標、“あるいは、2015年にすら” 実現できまいと自分は考えていると語った。“オバマ と日本 –  普天間移転、喫緊の課題” 読売新聞、2008年11月20日。

[4] 衆議院における、 照屋寛徳議員に対する麻生首相答弁、2009年3月5日。リンク

[5] 佐藤学、"オバマ 政権のアメリカ" in 宮里政玄、新崎盛、我部政明、沖縄「自立」への道を求めて、東京、高文研、2009、pp. 83-94

[6] これは、1947年と1957年の間に、  28の法案を通過させるのに、26回使われ、麻生が、10の法案を8回強行採決させるために使って、2008年に復活させるまでは使われていなかった。 (神保太郎、“メディア批評” (20)、世界、2009年八月号 、pp. 92-99、p. 92中)。

[7] 詳細は、Yoshikawa Hideki, “Dugong Swimming in Uncharted Waters: US Judicial Intervention to Protect Okinawa's "Natural Monument” and Halt Base Construction”を参照。 The Asia-Pacific Journal 2009年2月7日。

[8]  Sakurai Kunitoshi, "Guam treaty as a Modern 'Disposal' of the Ryukyu."

[9] リチャード・L. アーミテージおよびジョセフ・S・ナイ,” The US-Japan Alliance: Getting Asia Right through 2020,” CSIS Report, 2007年2月。

[10] Kaho Shimizu, “Greater security role is in Japan’s interest: Gates,” Japan Times, 2007年11月10日。.

[11]加藤洋一、“インタビュー/リチャード・ローレス: 日米同盟、優先順ギャップに直面” 朝日新聞、2008年5月2日。

[12] 船橋洋一による引用、“オバマ政権の日米関係 - 平時の同盟追求する時” 朝日新聞、2009年1月26日。

[13] "クリントン、強い米日の絆を称賛," 読売新聞、 2009年2月18日。

[14] AFP、“Clinton, Japan sign American troops pull-out deal,” Sydney Morning Herald、2009年2月18 日。

[15] 服部ピースネット、“グアム協定移転の問題点” 2009年6月15日。 山口響、“海兵隊グアム移転,” ピープルズ・プラン研究所、2009年夏号、pp、2-15も参照。PDF

[16] Satoshi Ogawa、“U.S. senate cuts funds for marines’Guam move,” Daily Yomiuri Online、2009年11月7日。

[17] 服部、前掲

記事原文のurl:japanfocus.org/-Gavan-McCormack/3250

Gavan McCormack, "The Battle of Okinawa 2009: Obama vs Hatoyama," The Asia-Pacific Journal, 46-1-09, November 16, 2009

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マスコミで、協定順守云々と断片だけ、読み聞きしても、意味がわからずにいた。そもそも、これが記事になっても、うかつなことに、重要さに気づかずにいた。この論文で、ようやく、そのひどさ加減が理解できた。こういう先生にこそ、勲章?を差し上げるべきだろう。「グアム協定」で検索すると、多数のブロガーが、問題点、ひどさ加減を指摘しておられる。たとえば、作家目取真俊氏のブログ「海鳴りの島から」には、「グアム協定」と米軍再編利権というエントリーがある。

上記論文、素晴らしいが、かなり長いので、大変勝手ながら、冒頭部分だけ訳させていただいた。残りはご自分でお読みいただければ幸い。高校三年間の英語と、大学教養課程二年間の英語力で、辞書さえあれば、お読みになれるはず、と自らの学習歴から想像する。小学校の英語力をつけるなどというのは、たしかに無駄以外のなにものでもないが、見世物ショーの「事業仕分け」で、予算を削った分、与党議員諸氏に家庭教師でもつけた方がよいのかも知れない。地位協定といい、安保条約といい、平等にしたいと本気で考えている方に限定すべきだが。英会話より、読解力。今日話題の初登板小泉ジュニアに、このような発想を期待するのは、筋違いだろうが。商業マスコミ、猟奇殺人や、小泉ジュニアを追いかけている暇と金があったら、こういう重要な課題を調べるべきだ。レッド・ヘリング、大衆の意識を、どうでもよい方向に逸らすのが仕事ゆえ、期待するだけ無駄。外務省密約を、形ばかり追いかけ始めてはいるようだが、いつものごとく、腰砕けで終わるだろう。

小泉ネオコン政治の状況、ガヴァン・マコーマック、オーストラリア国立大学名誉教授の『属国』を読んでから、ようやく全体が見えてきたような気がする。『属国』、実に素晴らしい本なのに、不思議なことに、マスコミにはほとんど批評・紹介記事が載らない。例外は、中日・東京新聞JanJan。目取真俊氏のブログにも素晴らしい書評がある。是非お読みいただきたい。

某有名オンライン書店、カスタマー書評が、一つだけ、空欄のまま、『属国』を星一つと評価している。某オンライン書店のレベル、便所の落書き以下。従って、リンクは張らない。営業妨害、いや、言論弾圧だろう。内容が、間違っているなら、論駁すればよいのだが、正論で、手ごわいため、業界の全員が黙殺しているのに違いない。あのオンライン書店からは購入しないことにしている。

『属国』定価2500円。ISBN978-4-7736-3213--2Y2500E

この論文のリンク先に、民主党議員の方のものがあったので、『世界』2009年12月号の渡辺治教授の論文、「新自由主義転換期の日本と東京」を思い出した。毎回、このブログ、民主党の怪しさへの疑問を書いているので、「根拠なく罵倒している」といわれかねないが。

渡辺論文によると、民主党には、三つの構成部分、三つの国家構想があるという。いわく、党指導部-無自覚の新自由主義派、胴体-修正利益誘導形型政治派、手足-個別的福祉政治派。反省するに、党指導部-無自覚の新自由主義派、胴体-修正利益誘導形型政治派しか、素人には見えてこないのだ。それで、終始、党指導部の行動をいぶかっているのだ。リンク先の方は、個別的福祉政治派ということなのだろう。しかし、政治団体はしっかりしていれば、指導部の方向に動くだろう。小選挙区制度と、政党交付金制度が、小沢幹事長独裁を可能にしているとしか見えない。

そう、この論文にある、小泉首相時代の遺産「衆議院多数派」が、現在のひどい状況をもたらしたのと同じように、将来の民主党「衆議院絶対多数派」「参議院絶対多数派」も、それ以上にひどい状況をもたらすに違いないことは、素人政談ながら断言できるだろう。根拠なしでも、罵倒ではあるまい。

渡辺治教授の講演について、多くのブログに書かれている。是非、一度拝聴してみたいもの。直接、上記「頭・胴体・手足」という方向性の違いの話題に触れているものには下記がある。

志村建世のブログ 渡辺治氏の講演を聞く

労働組合ってなにするところ?「輝け!日本国憲法のつどい」渡辺治教授の講演概要

2009年10月20日 (火)

グアム島住民、アメリカによる太平洋の島への150億ドル軍事力集中計画に反対して団結

Democracy Now!

フアン・ゴンザレス: 次は太平洋の島、グアム島の話題です。ここでアメリカ合州国は、150億ドルという膨大な額の巨大な軍事力の集中を計画しています。長さ48キロの島を、太平洋における米軍作戦の主要ハブへと変える計画です。これは、最近でも最大の軍事力の集中だといわれており、この小さな島に、50,000人もの兵士を移す可能性があるものです。

連邦議会で話される話題は、軍の建設工事で期待される仕事を、本土のアメリカ人、外国人労働者、あるいはグアム島住民の誰かに限定すべきかどうかということばかりです。しかし、この島の人口の三分の一以上を占める、グアム島先住民の意見や懸念を聞く事は滅多にありません。

グアム島チャモロ人の公民権弁護士、ジュリアン・アグォンさんにご参加いただきます。彼は、The Fire this Time: Stories of Life Under American Occupation and What We Bury at Night: Disposable Humanityを含む三冊の本の著者でもあります。

デモクラシー・ナウにようこそ!

ジュリアン・アグォン: 出演させていただき有り難うございます。

フアン・ゴンザレス: さて、この兵力集中は、どのように進展してきたのですか? これはアメリカ合州国によって、沖縄からグアム島に移される兵士ですね。この兵力集中に関する最近の決定について少しお話しいただけますか?

ジュリアン・アグォン: OK。軍の集中は、2005年に、始めて発表されました。アメリカ合州国が、日本政府と約7,000人のアメリカ海兵隊員を、沖縄から、グアム島に移す二国間協定を結んだのです。日本全土の駐留アメリカ軍のほぼ70パーセントを、沖縄が担わされているため、軍駐留に反対する沖縄大衆の抗議が主な理由です。2005年のことでした。

2009年に早送りしましょう。アメリカが、最近数値を発表しましたが、数値は膨れ上がり続けています。実に途方もないものです。今や、8,000人のアメリカ海兵隊員と、その9,000人の家族、更に韓国から1,000人の兵士、それに、外部の労務者、20,000人と推定される外国人労働者までがくる事になっているのですから。ですから、4から5年の人口注入、5年間で、20パーセントの人口増加です。

これこそ、我々が懸念していることなのです。グアム島の先住チャモロ人社会は、我々は未だに自決権を行使していないのです。グアム島は、世界中でわずか16の非自治地域、つまり国連が認めた植民地の一つのままなのです。我々はアメリカ大統領選挙にすら投票しません。私たちは、アメリカ議会に、議決権をもった、意味のある代表を持っていないのです。それなのに、集中が発表され、それは基本的に、いかなるチャモロ人も蚊帳の外なのです。我々は全くこの決定に関与していません。アメリカから、こうした何万人もの外部の人々を移転させるつもりだと、単に通知されただけです。

しかも、グアム島の総人口は、わずか171,000人程度だとされていて、チャモロ人住民が、その人口のおよそ37パーセントを占めています。ですから、この人口の変化は、取り返しのつかない結果をもたらすでしょう。私たちにはインフラさえなく、いかなる資金も、政府に対して約束されたわけでもありません。

-中略-

フアン・ゴンザレス: アメリカ支配下での、あなた方の生活は、もう一世紀以上続いているのですか?

ジュリアン・アグォン: OK. ええ、グアム島は、太平洋の中でも、最も長期間植民地化されつづけている島の一つです。スペインに、ほぼ300年間植民地化されていて、次はアメリカ合州国です。1898年、パリ条約で、キューバ、フィリピン、プエルトリコと一緒に、アメリカ合州国に譲渡されたのです、。1898年から現在に至るまで、第二次世界大戦中に、日本帝国軍によって占領されていた三年間、1941年から1944年までの時期を除いてです。これはまた全く別の話ですが、これもやはりゾッとするものでした。しかし、基本的に我々は、1898年から現在まで、アメリカによる植民地化の下にあるのです。ですから我々は、事実上、500年間ずっと植民地なのです。

この番組に出演するのがなぜ我々にとって重要なのかという理由ですが、我々は、横合いから言葉をはさむことが、全くできないのですから。基本的にアメリカは、常に、私たちを消し去るような言葉の使い方をします。グアムは、“アメリカの一日が始まる場所”と呼ばれることが良くあります。占有です。アメリカでの訴訟においてすら、“占有”です。我々は本質的に、連邦政府の道具なのです。あるいは、彼等は“不沈空母”という言い方をしたり、“槍の先端”だったり。こうした表現はどれも、実に賢明で、私たちの存在を消し去ってしまうのです。そこで、アメリカ合州国本土を含めて、外部世界は、人々がそこで暮らしているということことを、いわば忘れれることが可能になってしまいます。幽霊しか住んでいないと。それが我々の体験なのです。

そして、軍の集中も全く同じことです。我々は今回のアメリカ軍の集中を、アメリカ合州国側による実に長年にわたる契約違反中、最新のものと位置づけています、1946年に、アメリカは、グアム島を、国連リストの非自治地域に載せ、基本的に、国際連合憲章第73条に基づき、グアム島を民族自決へと導く、国際法下の引用句義務を神聖な信託として”アメリカは受諾したのです。それなのに、今や軍を集中して、強烈な最後の一撃を見舞おうとしているかのようです。これは決定的です。これはあまりに大きく、巨大ですから。これでは、私たちの膝も屈してしまいます。我々はこれだけの負荷には耐えられないと思います。

フアン・ゴンザレス: グアム島生活における別の側面で、大半のアメリカ人が知らない、あなた方の島々が、第二次世界大戦後の時代に被った放射線被ばくについては?

ジュリアン・アグォン: うーん。そうですね。最も有名な、というよりは最も悪名高いのは、実際、アメリカ合州国によって、近隣の諸島で遂行された核実験です。グアム島というのは、太平洋の一地域、つまりミクロネシア連邦、パラオ共和国、マーシャル諸島共和国、そして、北マリアナ諸島を含む、ミクロネシアとして知られている西太平洋の一部なのですから。実際、グアム島の長さはわずか48キロで、自然の列島、マリアナ諸島弧の中で、最大で最南端の島です。ですから、1898年までは、我々はひとまとまりの集団でした。この日付が重要な、もう一つの理由は、1898年、政治的に分割されたからです。グアム島は、アメリカに、北マリアナ諸島はドイツに。我々はこの地域の一部なのです。

1946年から1958年までに、アメリカは、60発以上の核兵器を、マーシャル諸島住民の上に落としました。その一つの、最も悪名高いブラボー実験は、最新の推定では、マーシャル諸島で長らく議員を勤めているトニー・デブルム議員を含む上院議員達と話しているのですが、こういう数字になっています。グアム島から、わずか2,000キロもないところに落とされた爆弾は、1.6発か、1.7発分の広島型原爆が、毎日、12年間も投下され続けるのと同じ威力なのです。これがその爆弾の総放射能量です。そして、グアム島はあまりに近く、風下なので、風下被爆をしたわけです。

基本的に、こうした権利を主張し続けたり、少なくともアメリカに関する限り、放射線被ばくに対する補償を得ようとして、我々が、いつも、今回の旅のように、アメリカ議会、あるいは国連の、火葬薪の山に、自らの身を投げ出したり、国連にも行っているもう一つの理由です。本当に認知されていません。まだそうなっていません。グアム島のチャモロ人は、実に驚くほど高い癌罹患率を味わっています。これが過去から受け継いだ物で..

フアン・ゴンザレス: それに当然、議会でも、あなた方の代表は議決権のない代表一名に限定されているのですね?

ジュリアン・アグォン: はい、議決権のない代表一名です。

フアン・ゴンザレス: すると、グアム島の住民は、アメリカ国民なのに、どのような連邦選挙にも全く投票することができないわけですね。

ジュリアン・アグォン: はい。我々の基本法あるいは憲法だとされている文書は、実際は、アメリカ議会が可決した文書、1950年8月1日に可決された1950年基本法です。基本的に、その法律のおかげで、我々は法定上の国民です。アメリカ市民権は我々にも適用されています。しかしながら、我々はアメリカ大統領選挙への投票は認められず、アメリカ議会に、議決権のある、議決権を持った代表一名を送ることは認められていないのです。

ですから、あれは実に皮肉なことで。ご存じでしょう。ノーベル平和賞がオバマ大統領に授与されたことを聞いたばかりで、それはすごいことですが、我々にとっては、もうまるでアメリカが、まるで現在の対テロ戦争を正当化したようなもので。まあ人権やら国際法といった、昔ながらのあらゆる手法を駆使して。しかも、国際法と人権というのは、は私が法学大学院で専攻した科目でして、特に、先住民族と、植民地化された人々のそれが専門なのです。

グアム島の人権についてお話しする必要はないでしょう。我々は、皆、公民権だけで十分なのですから。我々は大統領選挙に投票したいだけなのです。つまり、アメリカ自身の裏庭ですら、核汚染は除去されていません。我々は大統領選挙に投票できません。私たちにはアメリカ議会で変化をおこすことができないのです。それなのに、我々が選挙で選んだわけではない人々によって、我々にたいするあらゆる決断がなされているのです。これは実にひどく不完全な現代的現象です。実際、グアム島の状況を説明する最良の方法は、この植民地主義には、何ら新味はないということです。これは実に伝統的なスタイルの植民地主義で、不自然なものです。実に不自然です。それこそが、最近のチャモロ人で、我々の怒りや道徳的な憤激が、新たな形になっている理由だと思います。

後略

記事原文のurl:www.democracynow.org/2009/10/9/guam_residents_organize_against_us_plans

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上記はDemocracy Now!番組の、ジュリアン・アグォン氏発言の翻訳概要。フアン・ゴンザレス氏発言のいくつかは省略した。

良い情報が無料で得られるはずなどないので、きちんとした翻訳をお読みになりたい方は、是非Democracy Now!に寄付をどうぞ。

1954年3月1日にビキニ環礁で実施されたブラボー実験は、あの第五福竜丸事件をひき起こした。

「不沈空母」という超売国宰相のキャッチフレーズに、ここで出会うとは。

日本本土の人々は、いやなものを、すっかり沖縄の人々に押しつけたまま。沖縄の方々が、基地反対の声を上げられるのは当然だが、その先のことは知らずにいた。当たり前ながら、一番弱いところに、一番しわ寄せはゆき、くる。沖縄の基地問題のことにほとんど触れない本土のマスコミが、グアムの実情を書いてくれるはずがない。さすがにNHKは、日曜夕方、普天間基地を扱ってはいたが。マスコミ、ゲーツ国防長官の提灯宣伝記事はきちんと掲載する。関係ないが、数日前には、「松下政経塾出身者が多い政権」というようなヨイショ記事があった。(個人的には、困った体制派政治家ばかり生み出すこの組織を作った松下の製品、極力買わないことにしている。国会議員以外でも、任期途中で逃げた中田元横浜市長、あの松沢神奈川県知事がすぐに思い出される。)

民放、白痴製造装置以外の何物でもないと、ほぼ20年ぶりで液晶テレビに買い換え、大画面で白痴番組を垣間見て思う。通販だけ流しているテレビがあるのに驚いた。

宗主国の国防長官と、大統領がもまなくお出ましになる。

我々とて属国、しかも、米本土の議会には、議決権のある代表も、議決権のない代表も、一名も送る権利はない。そのかわり?、努力の汗の郵便貯金の大半は、まだ宗主国に献上せず、日本人を守る為にある(とされている)軍隊を激戦地には、まだ送らずに済んでいる。

しかし、宗主国が認めた政権交代による政権が、それを守り続ける保障は皆無。

「日米軍事同盟」を基本にすると言った以上、もはや風前の灯火というのが実情だろう。

自民も、民主も、宗主国のお墨付きで政権についた。無血市民革命どころではないこと、皆様冷静になればわかりそうなもの。本質的に少しでも逆らえば、すぐにセラヤの運命が待っている。もちろん、万一、アメリカから独立できた暁には、国旗を掲揚し、国家を唄うのに、個人的にやぶさかではない。オバマの核廃絶迷演説ではないが、生きている間は無理だろう。

普天間基地に関する判断を先のばしにしたのも、国民が喜ばない結論だからに決まっていると、下司は勘繰っているが、ひょっとして、参院選のサプライズ・隠し玉だろうか。

八ッ場ダムは、典型的なムダだろう。中止はよいことだ。もちろん、現地の方々の生活に対する補償などの対策は必要だ。マスコミも、民主党、自民党も、ダム建設がムダか否かは、大いに話題にする。不思議当然なことに、米軍基地の害悪を正面から問うマスコミは全くといっていいほどない。(沖縄の新聞や、三沢基地問題の記事をのせる現地の新聞は別格だ。)米軍基地は、単なるムダではない。沖縄や三沢基地周辺の方々への多大・深甚な迷惑のみならず、イラクや、アフガニスタンや、パキスタンなどの無辜の人々の命を、生活を奪い続けているのだ。麻薬追放キャンペーンが行われているが、もっと深刻な害を生み出し続けている、米軍基地追放キャンペーンこそ必要だろうに。

オバマの核廃棄演説?だかが、大好評のようだが、読む気になれずにいる。在外基地の廃止こそが、アメリカ・テロ帝国の力の根源なのだろうから、在外基地の廃絶をうたったら、信用する気になれるだろう。残念ながら、そういう日は、予見しうる将来には来るまい。

これだけ、日本や世界各地に基地をもち、虐殺し放題の国に、大統領に、あこがれる友人たちの精神構造が理解できずにいる。

追記

勝手に訳させて頂いた、デモクラシー・ナウによる、このグアムでの米軍増強に反対する先住民弁護士の報告、デモクラシー・ナウ・ジャパンが、日本語版ビデオをお作りになった。

「太平洋の島グアム 米軍基地増強計画に先住民が反対」

本物をこちらでご覧いただければ幸いだ。

 

2009年7月14日 (火)

アメリカ基地帝国に、どう対処すべきか 駐留軍受け入れ国に対する控えめな私案

チャルマーズ・ジョンソン

2009年7月3日

"TomDispatch"

アメリカ基地帝国は、年間1020億ドル、既に世界で最も金のかかる軍事事業であるにもかかわらず、更に高価になろうとしている。まず手始めとして、5月27日、国務省が、新"大使館"を、パキスタンのイスラマバードに建設する予定であるということを知った。経費は、もしも見積超過が起きなければ、ブッシュ政権がバグダッドにしつらえた、バチカン市程の規模のものより、わずか400万ドル安いだけの7億3600万ドルで、これまで建設されたものの中で二番目に高価だ。報道によれば、国務省は、アフガニスタンとの国境に近い、ペシャワルでも、五つ星のパール・コンチネンタル・ホテル(プール付き) を購入し、領事館と、その現地スタッフの住居として使用する計画だそうだ。

そのような計画にとって不幸なことに、6月9日、過激派パキスタン人が、爆薬を満載したトラックでホテルに突入し、18人の滞在客を殺害し、少なくとも55人を負傷させ、建物の一つのウイングは、すっかり崩壊した。国務省が依然として購入を進める計画かどうかについては、その後、何のニュースもない。

その費用が、一体いくらになろうとも、既に肥大化したアメリカの軍事予算に、含まれることはあるまい。たとえ、そうした建物の一つとして、本当の大使館、つまり現地の人々が、ビザ取得にやってきたり、アメリカ人の役人達が、商業、外交上のアメリカ権益を代表している場所として設計されてなどいなくとも。そうではなく、これら、いわゆる大使館というのは、実際は中世の要塞に近い、四方を壁で囲った場所で、そこで、アメリカのスパイ、兵士、諜報機関職員や、外交官達が、戦争状態にある市域の、敵意を抱いた国民に、目を光らせようとしているのだ。それが大量の海兵隊員を擁しており、屋上には迅速撤退用のヘリコプター着陸場があるだろうことは、誰でも確信をもって断言できる。

危険な地域で仕事をしている国務省職員にとって、何らかの物理的な防御があることを知っていれば、安心かも知れないが、彼等にとっても、また彼等が働いている国の国民にとっても、その造作は公然たるアメリカ帝国駐留の一部であることが、今や明白になってしまう。アメリカを攻撃しようとする過激派が、たとえどれほど厳重に警備されていようと、基地のような一大使館の方が、巨大軍事基地より容易な標的だと考えても、決して驚きはしない。

いずれにせよ、世界中の他人の国々に散在し、今や800箇所にもなろうという、こうした軍事基地に対して、一体何が行われているのだろう? 議会やオバマ政権が、銀行救済、新たな健康保険、汚染管理や、その他の必要性の高い国内支出の費用を巡り論争する中でさえ、こうした不人気で、金のかかる帝国の飛び地のいくつかを閉鎖するのが、かなりの金が節約できる良い方法だと、誰も提案しようとしない。

そうではなく、そうした基地は、明らかに、一層高価になって行こうとしている。6月23日に、元ソ連の中央アジアの共和国だったキルギスタンが、2009年2月に、アメリカ軍を、マナス空軍基地(2001年以来、アフガニスタン戦争用の準備地域として)から追い出すつもりだと発表していたが、アメリカ軍の駐留継続を認めるよう説得されたことを知った。しかし、問題はここだ。アメリカの願いを聞いてくれるお礼として、基地使用のためにワシントンが支払う年間賃貸料は、1740万ドルから、6000万ドルへと、三倍以上になり、更に何百万ドルもが、空港施設を改良する約束や、他の財政的賄賂のようなものにつぎ込まれる。こうした全てが、この地域における戦争を拡大することを公約しているオバマ政権が、アフガニスタンへの補給品を備蓄し、積み換えるため、この基地の必要性を確信しているためなのだ。

こうした展開は、アメリカ人が、やはり嫌われ者の進駐軍になっている他の国々にも、気づかれずには済まないだろうと思う。例えば、エクアドルは、アメリカに、今年11月までに、マンタ空軍基地から出て行ってくれと言ってきた。もちろん、彼等にも自尊心があり、アメリカ兵士が、コロンビアやペルーをいじくりまわすのが気に食わないのだなどという事実を言ったりはしない。それでも、彼等は基地で、おそらくもっと稼げよう。

57年間以上にわたり、米軍基地を自国領土に置いておくため、膨大な金額を支払ってきた日本人はどうだろう? 最近彼等は、ワシントンと、一部のアメリカ海兵隊員を、沖縄の基地から、アメリカ領グアムに移動させることに合意した。ところがその過程で、日本人は、海兵隊員の引っ越し費用だけ支払うのではなく、グアムに彼等を受け入れる新施設を建設することまで強いられたのだ。日本人も、今やキルギスタン政府を見習って、アメリカ人に、出て行ってくれ、費用も自分で賄ってくれというようなことがあり得るだろうか? それとも、少なくとも、日本人女性をおきまりのように強姦している(一ヶ月に二件の割合で)のと、まさに同じアメリカ軍人に、資金を援助するのをやめ、沖縄にある約38の米軍基地に暮らす連中が誰であれ、その生活を惨めなものにする可能性はあるだろうか。これは確かに、1945年にアメリカが進駐して以来、沖縄人が請い願ってきたことだ。

実際、自国領土に米軍を駐留させておくことに、いささか飽き飽きしている他の国々に、ご提案がある。手遅れになる前に、現金化なさるように。値段をつり上げるか、アメリカ人に、帰ってくれと言うかのどちらかだ。私が、こうした行動をお勧めするのは、アメリカ基地帝国は、もう間もなく、アメリカを破産させると、私は確信しており、そして、金融バブルや、ねずみ講から類推するに、読者が投資家であれば、お金は引きだせるうちに、引きだしておいた方が良いのだ。

これは、もちろん、中国や、他のアメリカ国債への投資家の間で、起きていることなのだ。ただ、連中がまだ膨大な国債の束を抱えている間に、ドルが暴落しないようにするため、連中は、ひっそり、ゆっくり、現金化している。ただし、間違いのないように。流血が、急速であろうと、あるいは、ゆっくりであろとうと、アメリカはともあれ流血しているのだ。アメリカ軍事帝国や、それに伴うあらゆる基地にしがみついていても、最終的には、我々が知っているアメリカ合州国に終止符を打つことになろう。

信じていただきたい。海外旅行をする今から数十年後の将来世代のアメリカ人は、10億ドル近くもする "大使館"が点在している光景を見ることはあるまい。

チャルマーズ・ジョンソンはブローバック三部作の著者。『アメリカ帝国への報復』(2000年・集英社)、『アメリカ帝国の悲劇』(2004年・文藝春秋)、および『ネメシス』(2006・未だに邦訳なし)、いずれも原作はMetropolitan Books刊。アメリカ基地帝国に関するジョンソン氏のTomDispatchオーディオ・インタビューはここをクリックしてどうぞ。

記事原文のurl:www.tomdispatch.com/post/175091/chalmers_johnson_baseless_expenditures

チャルマーズ・ジョンソン教授関連記事の翻訳:

アメリカ軍はなぜいまだに沖縄にいるのか? 1997年4月記事

アメリカを衰亡させる方法:なぜ累積債務危機が、今アメリカ共和国とって最大の脅威なのか

チャルマーズ・ジョンソン: 『復讐の女神ネメシス: アメリカ共和国最後の日々』

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戦後、一貫して自民党を支持してきた大多数の国民が選んだ政治家たち(もちろん確信犯は、小沢氏らだろう)が、小選挙区を導入した。

その結果、マスコミの大キャンペーンの功績もあって、小泉911選挙では、雪崩をうつようにして自民党多数体制が実現した。(不思議なことに小泉元首相は、長らく小選挙区に反対していたという。本当だろうか?彼は「自民党をぶっ壊す」といったような記憶がある。)

そして、今マスコミの、政権交代の大キャンペーンによって、「民主党に政権が移行する。」と報じられている。自民党を、小沢氏が、無原則に無理やり二つに分け、その一派閥から、もう一つの派閥に、主導権が移行するだけだろう。小沢氏は、アメリカに頭をなでられているだろうが、自民党とて、党勢が極端に、減少するとはいえ、アメリカ流な無意味な政権交代(単なるポーズにすきまい)を実現させた功績で、宗主国アメリカから、絶大な報酬をもらうのではあるまいか。小泉政権で、極端な、従米棄民政策をとらせ、次は、民主党に意味もなく期待して、振れさせる。宗主国と属国支配層は、長らく忍耐をしながら、ようやく恐怖による悪しき選択(実質、選択にはならない)の仕組みを完成させたのだ。

日米支配層は、にこにこしながら、今回の衆議院選挙を見守っているだろう。マスコミには、もちろん、二大政党政権交代というくだらない念仏を唱えるよう命じながら。

所詮、普通の人々は、そういうプロパガンダにまんまとのせられるということだろう。小泉911選挙の時には、『B層』という、うまい表現があった。

評論家の故大宅壮一は、『一億総白痴』なる言葉を作り出した。生きていれば、『一億総B層』といったかも知れない。太鼓持ちタレントである彼の娘が、言うはずなど全くないが。

本当に政治の行方を考えて投票したのかどうか知らないが、長らく一貫して、自民党を支持してきた大多数の国民が、今度は、どっと(スタンピード現象?)民主党に投票するだろう。小泉・竹中破壊政策を強行すれば、やがて人心が離反するのは、猿でもわかる。その離反を、本質的に制度を改変するような勢力にはむけず、お仲間の中でたらい回しする、インチキ「二大政党間の政権交代」を、支配層は見事に作り上げた。民主党が、またひどい政策をとると、民心は離れ、「やはり自民党だった」となるだろう。今の民主党へのスタンピード現象を見て、米日支配層・マスコミは、「してやったり」とほくそえんでいるだろう。

『国家の品格』という本の中にあった、「国民は永遠に成熟しない。....成熟した判断が出来る国民という民主主義の暗黙の前提は、永遠に成り立たない。放っておくと、民主主義すなわち主権在民が戦争を起こす。」という部分、その通りではなかろうか。

日本の国民・庶民にとっての本当の地獄は、米日支配層が作り上げた、二大政党が定着し(いや大連立かも知れない)から始まるだろう。小泉生活破壊政治など序の口だった、と思い返す日が、きっとくるに違いない。ただし、そう自覚するのは、全て廃墟となった後のこと。いわゆる「後の祭」。

属国日本が属国ホンジュラスと同じになっては困るが、いつか、大陸移動で、中南米につけば、目をさます可能性もあるだろ。それには気の遠くなるような地質学的な時間が必要だ。

無限に遠い未来、大陸移動で、我々が消滅した後、魚や獣だけは中南米と同じレベルになる可能性はあろう。

2008年4月 6日 (日)

番外編・エクアドル、アメリカ軍駐留拒否へ

マスコミは、ひたすら、暫定税率期限切れによるガソリン値下げについて、面白おかしく報道している。

個人的には、そんなことより、朝日 2008/04/04 夕刊2面記事に大きな衝撃を受けた。

「エクアドル アメリカ軍駐留拒否へ」という下記の記事だ。webでも読めた。

どうやら、問題の重要さと、記事面積は反比例するという法則がありそうだ。「小金持ちのイジメラレッコ国」、人口とGNPでこそ上回っても、品格という点では、エクアドルにとうていかないそうもない。

引用開始

エクアドル、米軍の駐留拒否へ 制憲議会が改憲案承認

2008年04月04日12時16分

 【サンパウロ=石田博士】エクアドルの制憲議会は1日、外国軍の基地設置や駐留を認めないとする改憲案を承認した。同国では米軍が99年から10年の契約で太平洋岸マンタ基地に駐留しており、09年に期限が切れる。左派のコレア大統領は以前から、米軍の使用権延長を認めない意向を示してきた。今年後半にも予定される国民投票で是非を問うが、大統領の支持率の高さなどからみて承認される可能性が高い。

 ロイター通信によると、制憲議会はこの日、国家の主権や領土に関する五つの条項について承認した。

 米軍はマンタ基地を隣国コロンビアの左翼ゲリラ、コロンビア革命軍(FARC)鎮圧作戦の拠点として使用してきた。大統領は、米軍の撤退を実現した後、物流の拠点となる国際空港として拡張、整備したいとしている。

引用終了

今や本土でも沖縄同様に、宗主国の兵士による悪質な犯罪が起きている。地位協定の見直し程度で納まるはずは無い。エクアドルに習うしか本当の解決策はあるまいに。

上記記事に関連する情報を探したところ、2007年日本平和大会in沖縄 国際シンポジウム・パネリスト発言が見つかった。

パウリナ・エリザベス・ポンセ・カンド(エクアドル) エクアドル反基地連合(反基地世界ネットワーク構成団体) エキュメニカル人権委員会(CEDHU)人権監視部門コミュニケーション局長によるものだ。

引用開始

エクアドルにおける米軍の存在は、交代で約300人の兵員が駐留するマンタ基地だけではありません。アメリカ国務省は、「エクアドルは、駐留米軍兵士の数において、地域内でコロンビアについで二番目に大きい国である」としています。エクアドルは、エスメラルダスやオレヤーナなどの県で行なわれているように、軍事訓練の場としても利用されています。

 アメリカ大使館は、マンタ基地の存在によって、毎年650万ドルがマンタの地域経済に注入されていると言っていますが、このお金は軍関係者のさまざまな任務の活動費にあてられており、マンタの発展に貢献するものにはなっておらず、何十人もの農民が土地も船もなく、将来を奪われています。

 2007年3月、キトとマンタで外国軍事基地撤去国際大会が開かれているそのときに、エクアドルのアメリカ大使館は、メディアを使って麻薬欧州活動の「成果」を強調するキャンペーンを開始しました。アメリカ軍部は、今年は1999年以降最大の成果をあげているとしています。

 ラファエル・コレア政権は、米軍の存在はエクアドルにとって利益にならず主権を損なうものであると考えており、2009年11月に期限を迎える協定を更新しないことを表明しています。エクアドルの地に米軍が存在することによって、主権と平和が大きく損なわれているのです。

中略

エクアドル反基地連合は、エクアドルでこの11月に発足する憲法制定議会に向けて憲法草案をつくる特別委員会に、提言をおこないました。提言は、憲法の「基本的主権原則」という項に次のような節を挿入せよというものです。

 「エクアドルは平和の領土であり、その主権の行使により、外国軍事基地および外国軍の駐留を認めず、ほかの形態での外国軍の存在を示唆するいかなる協定も結ばない。一方的であれ他の国々との連携によってであれ、他国の紛争に軍事的な関与はしない。」

 この提言にはエクアドルの16の地域的・全国的組織が署名しました。憲法制定議会を目前にして、エクアドル反基地連合は、提案している文言が確実にそのまま新憲法にもりこまれるようにするため、世論にはたらきかけるとりくみを強めていかなければなりません。

後略

引用終了

発言は下記で終わっている。

今こそ外国軍事基地撤去を!

     マンタにイエス! 基地にノー!

石油価格に一喜一憂するより、マスコミがほとんど報じないうちに、あっけなく通過した「思いやり法案」やら、基地廃絶の為の方策に思いを馳せることのほうが、「人間の品格」ではないかと思うのは、自家用車を持た(て?)ないせいだろうか。

ちなみに、この2007/12/4、パウリナ・ポンセのメッセージ、スペイン語原文、英語訳文は、YMCAエクアドルWebにある。

このページは xfy Blog Editor を利用して作成されました。

2008年2月15日 (金)

アメリカ軍はなぜいまだに沖縄にいるのか? 1997年4月

JPRI Critique Vol. 4 No. 2:1997年4月
特別報告:沖縄とアメリカ軍

アメリカ軍はなぜいまだに沖縄にいるのか?

チャルマーズ・ジョンソン

ジャパン・タイムズ編集者宛の手紙(1997年2月16日)で、アメリカの軍事理論家ラルフ・コッサは、沖縄の太田知事を「自分が暮らしている地政学的環境に対する理解の欠如(あるいは拒否)」と非難した。コッサは更に「アメリカの軍人たちが、日本の(そしてアメリカの)国家安全保障という利益防衛のために、自らの命を賭している事実」に対する太田知事の鈍感さをたしなめた。

しかしこの発言は意味をなさない。アメリカ下院議長であり、アメリカ政治指導者中で三番目の古株、ほかならないニュート・ギングリッチ本人が、1995年7月の演説でこう語っている。「アメリカ合州国を防衛するのに、今日の防衛予算は不要です。今日の防衛予算は、世界を率いるために必要なのです。世界をひきいること[つまり、アメリカの覇権]をあきらめる覚悟さえあれば、ずっと少ない国防予算ですむのです。」

たとえアメリカ軍がアメリカを守るために沖縄にいるわけではなくとも、アメリカ軍は日本を防衛するためにそこにいるのだ、とコッサは言う。しかし、朝日新聞の軍事記者、田岡俊次は、核兵器を除いては、1950年代後半以来、日本は自国の防空責任を負ってきたと最近書いている。田岡によると、アメリカ軍撤退よって日本が追加支出する必要は皆無だという。

アメリカの沖縄駐留を支持する人々の中には、兵士と航空機は、いかなる緊急時にもすぐ対応するための「前方展開戦力」だと言うものもいる。しかし沖縄そのものは、将来いかなる紛争の現場になりそうもない。沖縄に駐留するアメリカ軍は、たとえば韓国なり中東における、本当の交戦地帯まで輸送される必要があるだろう。佐世保に停泊するアメリカの強襲揚陸艦は、沖縄の膨大なアメリカ軍を輸送するのに十分なほど大きくはない。本当の危機にあたっては、沖縄のアメリカ軍はそのまま立ち往生する可能性が高い。

それならなぜ彼等はそこにいるのだろう? 植民地主義者として、つまり第二次世界大戦の結果、東アジアに存在するようになったアメリカ帝国の代表として、彼等は沖縄に駐留しているのだと私は考える。東アジアにおけるアメリカ合州国の初期の植民地前哨基地フィリピンが1898年のマニラ湾戦の結果であったのと同様に、現在の東アジアにおけるアメリカの植民地前哨基地、沖縄は、1945年の沖縄戦の結果だ。沖縄は過去50年間、1910年から1945年迄の間、日本の植民地としてあった朝鮮と同様の国際的立場のままでいる。

沖縄と韓国は、4つの特定の面でお互い似通っている。第一に、公式の法律的構造という点で、日本人は常に朝鮮人は日本支配に同意したのだと主張するが、これは丁度アメリカと日本双方が、日本政府は単にその領土の一部をアメリカに貸しているに過ぎないと主張するのと同じだ。これはもちろん、日露戦争の過程における日本の朝鮮軍事占領と、第二次世界大戦の過程におけるアメリカ合州国の沖縄軍事占領を無視している。

第二に、日本は朝鮮で(結果的には無駄にではあったものの)現地の人々の国民性を破壊しようとした。日本はこれを教育を通して行い、創氏改名を強い、朝鮮語を抑圧した。1950年代と1960年代の間、アメリカは同じことを沖縄人に対して試みていた。ニュースを沖縄方言で放送し、人々を琉球人と呼ぶことで、アメリカは沖縄人の日本に対する帰属意識を弱めようとした。

第三に、朝鮮の日本人と沖縄のアメリカ人は、それぞれの占領が二つの地域の経済発展に貢献したと頑強に主張している。だが韓国が日本支配から解放された後初めて、冷戦で分断されていたにもかかわらず、世界で最も豊かな国の一つになったのだ。沖縄もアメリカ基地が撤去された後に、初めて繁栄する可能性が高い。

第四に、日本人は朝鮮占領は日本の安全保障の為に必要だったと主張した。朝鮮は「日本の心臓に突きつけられた短剣」のようなものだと言われていた。しかし吉田茂元首相が再三指摘したように、もしも日本が朝鮮を占領していなかったなら、日本はアジア大陸に関与せずに済み、1930年代と1940年代における中国との悲惨な戦争も避けられただろう。東アジアの安全保障と安定の維持のために、アメリカ合州国の駐留が必要だという主張も、同様に疑わしい。アジアが平和で安定しているのは急速な経済成長のおかげであって、外国軍隊駐留のせいではない。

韓国と沖縄の違いは、韓国は50年前に植民地支配から解放されたが、沖縄は二十世紀末時点でさえ、依然として半植民地的飛び領土のままだということだ。

本エッセイの日本語版は琉球新報1997年3月16日に掲載された。

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英語原文のURLwww.jpri.org/publications/critiques/critique_IV_2.html
(日本政策研究所web)

(訳注:webでは琉球新報の日本語版がみつからないため、翻訳した。)

原文では、上記エッセイと並んで、太田知事(当時)のエッセイがある。

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参考:Democracy Nowでの放送の書き起こし原稿翻訳(彼の最新刊についての話)

チャルマーズ・ジョンソン: 『復讐の女神ネメシス: アメリカ共和国最後の日々』

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この文章が書かれて10年以上たった現在、属国化の程度はますますひどくなっている。

「アメリカ軍はなぜいまだに日本にいるのか?」 と読みかえれば、そのままだ。

少なくとも、日本の「国としての独立の度合い」、エクアドルとは比べ物になるまい。

番外編・エクアドル、アメリカ軍駐留拒否へ

「アメリカ軍はなぜいまだに日本にいるのか?」という話題、決してマスコミは扱わない。「壊憲」のための記事・番組なら作っても、安全保障条約という占領保障条約廃棄についての議論は完全に除外されている。マス「ゴミ」は、大本営提灯報道組織なのだ。

田岡俊次氏の言説は「アメリカ軍が日本を守っている」神話の実態をあかしてくれる。彼の新刊「北朝鮮・中国はどれだけ怖いか」の紹介は、たとえば「タカ派はバカ派」をどうぞ。

田岡俊次氏も出演している、パックイン・ジャーナル(Yahoo!動画)も是非ご覧を。

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2009年、4月、フィリピン人のカルデロン夫妻が、「違法」入国のかどで、強制退去させられた。

一方、アメリカ軍は、沖縄で、本土で、「合法」ということで、やりたい放題。

違法入国をしたとはいえ、入国後、真面目に仕事をして、日本人の同僚から、涙で送られた夫妻。

合法?とはいえ、戦闘機発着による、轟音公害の判決の日にも、堂々と編隊飛行を行う宗主国の軍隊。

入国・滞在が、違法であるか、合法であるかということと、国民(庶民)に対する寄与とは、必ずしも関係はないだろう。

合法滞在し、時に(いや頻繁に)おきる宗主国の皆様による違法行為は許容範囲というのは売国行為だ。

カルデロン・ノリコさんの中学の周辺で、「国に帰れ」というデモをした皆様、はたして、嘉手納や普天間で、「国に帰れ」というデモをしておられるのだろうか?そうでなければ、ダブル・スタンダード(二枚舌)だろう。北方領土返還!という意見には同意するが、まず膨大な同胞が暮らす沖縄から、基地をなくしてから、領土返還を要求するならば、説得力は増すだろう。もしもそういう趣旨なら、貧者の一灯、寄付もやぶさかではない。

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2008年2月12日 (火)

軍国主義とアメリカ帝国:日本政策研究所所長チャルマーズ・ジョンソンとの対話 04年1月29日

ハリー・クライスラー

撮影 ジェーン・シェール

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政治学者から大衆に向けて政治を論じる知識人への転身

チャルマーズさん、バークレーにようこそおかえりなさい。

どうもありがとう。お招きいただいて嬉しく思います。

社会科学者から、大衆に向けて政治を論じる知識人へと変わられたことを、どのようにご説明されますか?

まあ余り首尾一貫性は要求しないようにお願いします。ジョン・メイナード・ケインズは、一貫性がないことを非難されて、言っています。「新しい情報を得たときに、私は立場を変えます。 で、あなたは、新しい情報を得たらどうされるのでしょう?」

私は非常に多くの情報を得ました。特に1991年以降と、ソ連崩壊以来。それまで私は冷戦の戦士だったというのが真実です。私はソ連の脅威を信じていました。

それに、ご自身を「槍兵」とさえ言っておられた

「帝国の槍兵と」

「帝国の」ええ、ええ。

それは『アメリカ帝国への復讐』のまえがきですね。ベトナム戦争の間、私はCIA国家評価室の顧問でした。しかし、私が考え方を変えて、こうした物事を見なおすようになった理由は二つあるのです。一つは分析にもとづくもので、もう一つは具体的なものです。一つはソ連の終焉です。平和の配当として、アメリカ合州国から、ずっと多くのものを期待していました。今日のロシアは、どのような点でも、かつてのソビエト連邦とは違うと思っています。ずっと小規模な国です。アメリカ合州国の伝統として、アメリカはもっとずっと徹底的に軍の動員解除をするだろうと期待していました。世界におけるアメリカの役割をもっと真面目に見なおしてもよかったのです。沖縄の様な場所にいる兵隊を帰国させて。そうではなく、アメリカは、東アジア、中南米で、冷戦構造をてこ入れするためにできることなら何でもやったのです。新たな敵を探し出すことが始まりました。これが現在のブッシュ政権内ネオコンのルーツです。私はこれで本当に衝撃をうけました。本当は、冷戦というのは、第二次世界大戦以来機能し続けてきたアメリカ帝国プロジェクトのための、もっとずっと奥深い何かの隠れみのではないのか? そうに違いないと私は考え始めました。

1990年代末に私が『アメリカ帝国への復讐』を書くようになった二つ目の理由は[具体的なものでした]。沖縄県、日本の最南端の県で、日本で最も貧しい県で、プエルトリコに相当する所です。19世紀末に編入されて以来、沖縄は常に日本人によって差別されてきたのです。県知事の太田昌秀氏は元大学教授です。1996年2月に彼が、1995年9月4日、沖縄中央部にあるキャンプ・ハンセンの二人の海兵隊員と一人の水兵が、12歳の少女を誘拐し、殴打し、強姦したという出来事を踏まえて、私が知事の同僚たちに講演をするよう、沖縄に招待してくれたのです。そこでは、安保条約の署名以来アメリカ合州国に対する最大のデモが行われていました。私はそれまで沖縄に行ったことがありませんでした。昔、朝鮮戦争の頃、私が海軍にいた時に、船で当時バックナー・ベイ、今の中城湾に入り、停泊しました。乗船していた他の将校たちは上陸しました。私は双眼鏡で眺めて見て「ここは私には向かない」と思いました。でも船が非常に美しい礁湖に投錨していたので、私は船の周囲を泳ぎました。それで、沖縄の海に入ったことはあるのですが、陸地にはこれまで触れたことがありませんでした。

38の米軍基地が、ハワイ諸島のカウアイよりも小さな島、130万人がひしめいて暮らしているところに、第三海兵師団の基地がありますから... 戦闘機を持って駐留している影響を見て、衝撃を受けたと申し上げなければなりません。アメリカ国外にある唯一の海兵師団です。それで、この問題を研究しはじめたのです。

1995年の強姦に対する反応、例えば、現在は、統合参謀本部議長で、当時駐日米軍司令官だったリチャード・マイヤーズ将軍の反応は、彼等は三つの腐ったリンゴに過ぎない、悲劇的な出来事で、信じがたいほど例外的だというのでした。調査すると、アメリカ軍兵士が沖縄で犯して軍法会議にかけられる性暴力犯罪の数値は、一カ月に二件であることがわかります! これは例外的事件ではありませんでした。子供が極めて幼く、強姦された後、届け出たがらない多くの沖縄女性と異なり、社会規範に完全に服従してはおらず、お返しをしようとしていた事実を除いては。これによって、私が大いに尊敬している「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」という非常に有力な組織が生まれることとなったのです。

沖縄を研究しはじめたのですが、私の最初の感情は、またもや、防御的なアメリカ人帝国主義者として、沖縄は例外的なのだというものでした。あまり人がいかない場所で、報道陣は決してゆきませんし、軍は居心地がいいのです。時間がたつにつれて、こうした種類の基地や世界の他の場所を調べてみて、これが全く例外ではないことがわかったのです。これは典型なのです。あるいは沖縄では他の場所より密集度が多少高い可能性はありますが、環境破壊、性犯罪、飲み屋での喧嘩、飲酒運転、次から次のこうした出来事のすべてが、725の基地(国防省が認めている数値であり、[本当の]数値は実際はこれよりはるかに多い)で起きているのですが、この725の基地はアメリカが他国に置いているものなのです。それがまず警告として『アメリカ帝国への復讐』を、私が書くようになった理由なのです。

しかし、また、それで本書を書かれることにもなったのですね。(表紙を見せる)

私たちの研究所で刊行したものです。

「沖縄: 冷戦の島」ですね。あなたが編集された。沖縄の様々な側面を検討していますね。ここであなた方が主張しておられるのは社会的費用だけが問題なのではなく、ある種民主的な生活を送るための沖縄の人々の権利を侵害していることですね。

ええ、それについては疑問の余地がありません。イラクにおけるアメリカ合州国についての議論で、戦後、日本にデモクラシーをもたらしたというアメリカの素晴らしい[行為]なるものを、まるで、アメリカ人従軍牧師たちが、そうするのが非常にうまかったかとでも言うように、ブッシュや他の連中が、何度も繰り返して語っていることを、私はきわめて不届きなことだと思います。日本をだしにして。連中はいつも沖縄を除外せざるを得なかったことを申し上げなければなりません。というのは、沖縄での戦闘、つまり第二次世界大戦最後の壮大な戦闘から、最もひどかった一つの1972年迄の間、沖縄は全くペンタゴンの植民地として運営されていたのです。この島は安保条約に含まれていなかったのです。沖縄の首長は軍中将でした。ほとんど誰も訪れない隠れ家だったのです。

そして1972年に、沖縄の状態に対する大変な抗議の後、沖縄は日本に返還されて、安保条約のもとに入りました。ニクソンとキッシンジャーが、当時なし遂げた合意は、基地は全く変わらないようにするというもので、基地はいまだに存在しているわけです。本質的に、沖縄は、日本人によって、ごみ廃棄場として使われているのです。日本人は安保条約は欲しいのですが、彼等はアメリカ軍には日本本土のどこにもいて欲しくないのです。それで彼等は、申し上げたように、プエルトリコの等価物に押しつけ、状態が悪化するのです。現在の沖縄県知事、相当保守的な人物である稲嶺氏でさえ、それでも、常にこう言っています。「私たちは火山の山腹で暮らしているのです。地下のマグマの音が聞こえています。噴火の可能性があるのです。噴火すれば、ベルリンの壁の破壊がソ連帝国に対して意味したのと同じ効果を、あなた方の帝国にもたらしますよ。」

おっしゃっていることを要約させていただくと、二つのものごとの間には、シナジーがあったということですね。一つは、冷戦機構は取り壊されなかったというあなたの認識。

その通りです。

そして、あなたの関心が大変に広く、また学識が非常に深いので、あなたがこの地域に対する経済政策についても語っておられること。それで、冷戦終末時点に、朝鮮に対するアメリカの政策に関しても、もう一方では、日本に対するアメリカの政策に関しても、何も修正はありませんでした。しかし沖縄経験のおかげで、あなたは冷戦体制のかなめであった、こうして側面の中を覗くことができたのですね。

うまい表現ですね。一言で言えば、ゴルバチョフは実際にソ連帝国を解体しようと試みたのです。彼は、改革その他の必要性から、帝国が自らを解体しようとした、歴史上例外的な事例です。ロシア人は、1989年迄には、東ヨーロッパの惨めな小国との付き合いよりも、フランスやドイツとの付き合いを望んでいたのです。ソ連内に構築されていた冷戦体制に対する既得権益によって、彼は急に止められました。全く同じ種類の、冷戦による既得権益が、国防省に、軍産複合体に、諜報機関にも存在することを私は発見し始めました。そして、連中は好き放題にやっていたのです。

次のページ: 『アメリカ帝国への復讐』英語原文

Chalmers Johnson Interview:   Conversations with History; Institute of International Studies, UC Berkeley

http://globetrotter.berkeley.edu/people4/CJohnson/cjohnson-con1.html

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参考:2007/04ブログ翻訳記事『復讐の神ネメシス:アメリカ共和国最後の日々』(デモクラシー・ナウ放送の書き起こし)

彼の2003年論文「レイプ・オブ・オキナワ」を是非お読みください。彼の沖縄論も。

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産経「新聞」に下記の記事が書かれたという。新聞や言論人の品格がここまで落ちたことは無念、という以外になし。

鬼畜への手紙という記事を載せている「なごなぐ雑記」ブログがある。おっしゃるとおり。そして下記が、その対象となっている「日本を代表する人物」による文章だ。

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【政論探求】「反基地」勢力が叫ぶいかがわしさ

2008.2.12 20:06

 日米安全保障協議委員会に設置されたSACO(特別行動委員会)が普天間の全面返還、ヘリポート移設を打ち出してから、もう10年が過ぎた。名護市のキャンプ・シュワブへの移設で日米合意が交わされているが、地元の調整は一向に進まない。

 それにしても、一部メディアのヒステリックな伝え方はいったいどう理解したらいいのか。事件は事件、安保は安保、と冷静に切り離し、日米同盟の死活的な重要さに思いをはせてこそジャーナリズムだ。

 「住民自決は軍命令」と信じて疑わない体質と共通する情緒的反応の弊害を、そこに指摘しないわけにはいかない。

 「知らない人についていってはダメ」。筆者などの世代は子どものころ、親から口うるさく言われたものだ。

 米軍基地が集結する沖縄である。夜の繁華街で米兵から声をかけられ、バイクに乗ってしまう無防備さ。この基本的な「しつけ」が徹底していなかったことは無念、という以外にない。(客員編集委員 花岡信昭)

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